浦島太郎さんと美林ちゃんの恋のアバンチュール

田上洋介

 太郎さんが 寝覚の床の屏風岩で いつものように釣り糸を垂れていると、木曽川の上流の台ヶ峰の方から、さわらの湯桶に何やら白い花びらが ゆらりゆらりと浮かんで流れてきました。
 「どんぶら こっと どんぶら こっこ」
と、どこか懐かしいフレーズの様子で 気持ちよさそうに流れてきました。
 太郎さんがいぶかしげに取り上げてみると、ふくいくとした 何とも言えない芳しい香の花でした。花は 「オオヤマレンゲ」の花でした。太郎さんが「このような麗しく可憐な花がどこに咲いているのだろう」と腰をあげて 赤沢渓谷を 訪ねてみることにしました。
 遠く木曽駒ヶ岳は 稜線に初雪を頂き、風越山の青嵐や 麓の天狗山や愛宕山の青緑の山間と相まって、何とも言えない 画趣を醸した 風光明媚が続いていました。
 台が峰を右手にみて 最中のあたりに上がると 鉄分を含んだ温泉の 香ばしい香りが 辺りに広がっておりました。灰沢の元気を頂いて 更に焼笹を過ぎたあたりから お香のような香りを利くところとなりました。木曽ヒノキの香りが充満していたのです。
 縁軸といった葉の先っぽに 木の霊「こだま」が愛くるしい姿で 太郎さんを迎えてくれています。あちらにもこちらにも溢れんばかりに 迎えてくれていました。そのやさしいまなざしに囲まれて いつしか赤沢自然休養林へ いざなわれていきました。
  檜の木々の枝葉のゆらぎ、せんせんたる清流のせせらぎ、駒鳥や鶯の小鳥のささやきが 太郎さんのさびしい心を 大きく深く 癒してくれました。
 伊勢神宮伐採跡地にいくと 黒髪と天女の羽衣に あの白い「オオヤマレンゲ」をあしらって 愛くるしい美林ちゃんが、太郎さんを迎えていました。伊勢神宮の神様のご威光をいただいて 二人でお参りをさせていただきました。
 美林ちゃんの天然香水のかおりの中で、太郎さんは伊勢神宮の木遣り唄を 朗々と祝詞のように上げることができました。美林ちゃんは その美声にうっとりして聞き入っていました。二人を祝福するかのように 森のこだま(木霊)や 動物の精霊が 満面に笑みを浮かべて 囲んでいました。
 「うれしい たのしい ついている やさしく わらって みんなすき しあわせをありがとう」木々の枝も声を一つにして うたっていました。
 まさに樹中の天の ありがたい出来事でした。