赤沢の檜の香

大給京子

  むかしむかし、丹後半島にはいつも、いつも魚を一匹も取れない太郎という青年がいました。魚が取れないのには訳がありました。太郎の釣竿には、釣り針がついていないのでした。釣り針がついていない釣り竿では魚を取ることはできなかったのです。
 ある日、海辺で亀をつかまえ 面白がって遊んでいる子供たちから亀を助け海に返してやりました。それから幾日か過ぎた ある日のこと、いつものように太郎が海辺にいくと、先日助けた亀がお礼に竜宮城へ案内してくれると言いました。
 亀につれられ竜宮城に着くと太郎を見かけた乙姫様が太郎の姿に一目惚れをしてしまいました。乙姫様は太郎を竜宮城に招待して、たくさんの御馳走や素敵な舞で歓迎してくれました。
 しばらくして、二人は結婚して竜宮城で暮らすことになりました。
 幸せに暮らしていた太郎ですが何も告げずに竜宮城にやって来たこと両親や親戚にも乙姫様を合わせたいと思うようになり、二人で太郎の故郷に戻ることになりました。故郷に戻るにあたって乙姫様の両親から竜宮城には三年以内に帰ってくるようにと約束をしました。三年以内に竜宮城に必ず戻って来ること、戻ってこないと乙姫様は死んでしまうので約束は必ず守ること。そして、玉手箱を渡しこの玉手箱が無いと竜宮城に戻ってこられないので大切にするようにと頼みました。その時一緒にりっぱな釣り針も渡されました。
 太郎と乙姫様は出雲の太郎の両親に結婚の報告と挨拶をし、伊勢のおじさん、諏訪のおじさんと挨拶をしました。諏訪のおじさんの家の前の湖が丹後半島の海のように広いので、しばらく釣りをして楽しむことにしました。そうこうしているうちに月日が流れ、あっという間に約束の日が近づいて来てしまいました。太郎はあわてて竜宮城に戻ることにしたのですが木曽の上松、寝覚の床まで来たときに 乙姫様の体が衰弱してきてしまい歩くのもやっとになってしまいました。近くのお医者様に診てもらうと、残念だがもうだめだと言われましたが、ただ一つ 赤沢の地で百年を越えた「檜の香」を集めて嗅がせれば良くなるかもしれないと言われました。太郎が途方にくれていると赤沢に住む「美林ちゃん」という美しい娘が噂を聞いて「檜の香」と百草を届けてくれました。「美林ちゃん」のおかげで乙姫様はみるみる元気になり、また旅を続けることができました。しかし、信濃の国の境まで来たとき乙姫様が太郎に言いました。竜宮城を出るとき私は両親と約束をしました。三年たって竜宮城に戻らないときは持参した玉手箱は消えると…。
 玉手箱がないと竜宮城には二度と戻れないそう言い残すと乙姫様はこの信濃の国の境の地で亡くなってしまいました。太郎は悲しみにくれ日に日に老いていきましたが、上松の「美林ちゃん」のことを思い出しもう一度、乙姫様を元気にしてもらおうと思いつきました。上松の寝覚の床まで戻った太郎ですが戻ったときにはすっかりおじいさんになってしまっており寝覚の床でのんびり釣りをして余生を過ごしましたとさ。また美林ちゃんも赤沢へ帰ったとさ。