2人のなれ初めの物語
丸山卓哉
それは昔々の七夕の日の、日も暮れようとする頃であった。太郎ちゃんは寝覚の床で釣りをしていたがいまひとつ釣果にしょんぼりと竿をしまおうとした時であった。ふと空を見上げると赤蕪の様な大きな赤紫色の流れ星が長い緑の尾を引いて西南西の方へ流れていった。流れ星は不吉なものというがあまりにも見事で美しい流れ星であったため、太郎ちゃんはその流れた方へ気が付けば歩きだしていた。
日もとっぷり暮れ、太郎ちゃんは星明りをたよりに山を越えて谷を越えていった。そして七日の月も沈むころ、太郎ちゃんは小川の上流の赤沢にたどり着いた。赤沢は深い森で、梢の先が天の川を背景に黒いシルエットを作っていた。ふと見ると林の奥にぼんやりとあの流れ星と同じ赤紫色の灯が灯っているではないか。太郎ちゃんは黒い森を手探りでその灯りに引き寄せられていった。そこにはオオヤマレンゲの木に囲まれた小さなお社があり、今をさかりに見たこともないほどのたくさんの花をつけ、赤紫に照らし出され、あたりはほんのりと花の香りに包まれていた。
赤紫の灯りは次第に大きくなり太郎ちゃんを包み、小さな社は気が付くと立派な御殿となっていた。窓からは銀色に輝く木曽川の流れが下に見え、どうやら太郎ちゃんは雲の上に来ているらしかった。座敷にはたくさんの山海の珍味が並べられ、ことに赤蕪のお漬物は山のように積まれていた。おいしいお酒もあった。大勢の天女が歌や舞を披露し、その中でセンターポジションを務める美林ちゃんはとびきりかわいく、太郎ちゃんの心は釘付けとなっていた。 どのくらい赤蕪を食べたことだろう。お酒もたっぷり入って太郎ちゃんの顔もすっかり赤蕪のようになったころ、なんとセンターの美林ちゃんが踊りの手を差し伸べてきた。太郎ちゃんは夢の中で夢を見るような気持である。でもちょっとおなかが重く足もふらついたらしい。雲のすきまから足をすべらせたと思ったらなんと木曽川の流れに落っこちていた。太郎ちゃんの釣竿は糸を垂れたままであり、からのびくは岩の上にそのままになっている。さだかではないが、太郎ちゃんはいつの間にか眠りにおち、夢を見ていたらしかった。日はすっかり暮れ、清らかな星が輝き始めていた。